2007年12月28日金曜日

優しさ

人に優しくするというのは、本当に難しい。研究室の飲み会での話。
研究室の人間関係がうまくいってないA君がいる。私は、彼より先輩であり、
その席で、もっとこうした方がよいのではないかと、アドバイスをした。

 口調は自然と厳しくなってしまい、本人は落ち込んでいる様子であった。しかし、誰かが言わなければ、自覚しないと思い、ここは心を鬼にして、自分の考えを伝えた。何か響くものがあればよいと。

 私は、人に忠告するほど偉くないし、相手に嫌われるような事は避けて生きてきた。しかし、このままでは、A君は研究室から孤立してしまう。少しの気遣いがあれば、人と上手くやっていくのは難しくない。それを伝えたかった。

 しかし、その席で、私より年長者の方が、『いいじゃないか、彼はそのままでいいんだよ。そんなにいじめるなよ。』ということを言った。一見、それは優しい言葉に聞こえた。そして、その人は、皆から優しくて、良い人といわれている。

 この事に限っては、それは優しさではないと思った。「君は君のままでいい。」というのは、簡単だ。誉めるのは、そんなに難しいことではない。しかし、それでは、A君は変われるであろうか?現状に満足し、変わろうとする気持ちを持たなければ、進歩はない。自分の誤りに気づき、方向を改める事ができる人なら、それでも支障ないのかもしれないが、だったら、問題は生じないはずだ。

 嫌われてでもよいから、相手に間違い、自分の考えを伝える。その時は、相手は気分を害するであろう。しかし、その人のためを考えるなら、厳しくしなければならない事も必要なはずだ。成長するには、どんぞこに落ちてからの方が、落ち込んだ分、飛躍できる。飛躍するためのエネルギーを蓄えているのだ。
 
 厳しくするのは、一歩間違えば、相手との人間関係を壊しかねない。できれば、避けてとおりたい。目をつぶってしまいたい。自分とは、関係のないことだから。しかし、無関心にはなりたくないと思った。本当の優しさとは、相手を見捨てないことではないか。どういう形であれ、相手とともに、歩んでいく。汚いものに蓋を被せるべきではない。

 どうして、このような事を書くのかというと、私は、上記のように、一見すれば、優しいとされる人間だからだ。「そのままでいいんじゃない。関係ないし」。自戒も念も込めて書いている。

 優しくするということは、本当に難しい。ただ、自分に対して、叱ってくれる人は、それが、その時は、理不尽で、腹立たしいと思えても、大切にしたいと思う。そして、自分は、厳しさも持ち合わせた人になりたい。

 

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